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「費府の飛行士」の部屋5

 トランプの今やっていることは、100年以上前にアメリカが乗っ取られていたのを取り戻す大きなプロジェクト、アメリカを建国の精神に基づき取り戻そうとしている、と私がたびたびお伝えしてきました。
 そのことにつき歴史的側面、経済的側面、精神的(哲学的)側面から解説した動画を見つけましたので翻訳してお届けします。
 この方はプロメシアンアクションのスーザン・コキンダというアメリカの建国とイギリスの事情にお詳しい女性の方です。彼女がイギリス式システムと呼んでいるものが世間でよくいうグローバリズム、アメリカ式システムと呼んでいるものがかつてアメリカで行われていたが125年前にマッキンリ=大統領が暗殺されて以降歴史から消されてしまった仕組み/考え方を今トランプが再構築しているものだということのようです。一体今トランプ政権は何をやろうとしているのか、それはなぜなのか、マスコミが伝えるバイアスのかかった情報から抜け出してお読みいただければナールほどとなるかもしれません。日本についても同様なことが言えるのではなかろうかと思います。
 長いので3回に分けてお送りします。
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アメリカ建国250年:イギリスが盗みトランプが取り返しつつある仕組み(その1)

 https://www.youtube.com/watch?v=V-gv0NIObZo
プロメシアンアクション:スーザン・コキンダ

 今日はアメリカがイギリス帝国からの独立を宣言してから250年の記念日だ。でももう一つ祝うべき理由がある。それをトランプ大統領は9年前に演説していた。
トランプ:「アメリカ式のシステムの説明にあたり、クレイはこう説明していた。関税の唯一の目的はアメリ式のシステムを奨励するために外国の産品に課税することだと。あまりにも長い間我が国の政府はアメリカ式のシステムを放棄してきた。」
 何よりも「アメリカ式のシステム」という言葉を使った演説をしたことでトランプは際立つことになった。何故なら現代におけるイギリス帝国を意識させることになったからだ。125年前に剥ぎ取られた経済的な独立を取り返そうとする演説だった訳だ。第1期政権では阻止されたが、今彼はそれを実行しつつある。そのことが今年の独立記念日を皆が意識する以上に際立たせていることなのだ。
 トランプのやっていることは真の革命であり、建国の父達が独立宣言で約束したことを実現しようとしていることなのだ。今から以下の3点につきお話しする。(1)125年前に如何にしてイギリスが我々の経済的伝統を盗んだのか(2)独立宣言の最初に書かれたことと経済との関係(3)何故建国の父達は我々に対し、物質的な財産ではなく幸福の追求を課したのか

(1)アメリカは独自の経済システムを持っていたが125年前にそれはイギリスから奪われ歴史からも消された
  建国125年の1901年にウィリアム・マッキンリー大統領は暗殺された。トランプがマッキンリーの関税とそれがどのように使われて繁栄に結びついたのかにつき話すことを聞いたことがあるだろう。マッキンリーはアメリカ式システムを公言し実行してきた最後の大統領だった。彼は建国の父アレキサンダー・ハミルトンの関税政策を引き継ぎ、アメリカの産業を守り、国内の発展を育成した。彼は生産者、製造業者、労働者の擁護者であったリンカーン大統領の伝統も引き継いだ。1901年のマッキンリー暗殺は転換点になった。消されたのはマッキンリーだけではなかったからだ。アメリカ式システムという知識そのものと、アメリカ式システムの不倶戴天の敵はイギリス式システムだという事実も消されてしまい論点がずらされるようになった。即ち、大きな政府対小さな政府、ケインズかフリードマンかと言ったような議論にすり替えられた。
 リンカーン大統領の経済補佐官のヘンリー・ケアリーはアメリカ式システムの擁護者だった。彼は利益の調和という本で、世界には二つのシステムがあると述べた。
 「一つは貧困化、無知化、人口削減、野蛮化を目指す;もう一つは富、満足、知性、行動と文化の連携を増進することを目指す。一つは全世界での戦争を目指し、他方は世界的な平和を目指す。一つはイギリス式システムであり他方はアメリカ式システムと誇っても良い。」
 この考え方は決して古いことじゃない。前者である貧困化、無知化、人口削減、戦争は現在の世界経済フォーラム(ダボス会議)の政策でもある。しかし後者はマッキンリー暗殺後125年間抑圧されてきた。ケアリーが「利益の調和」を出版したのは1851年だった。当時カールマルクスはロンドンに住む無名の貧者だった。彼のロンドンのスポンサー達が、究極の闘争は共産主義と資本主義だという考えを広めたのは後のことだ。
 アメリカ式システムの考え方を失ったことが過去125年もの間の戦争や経済的な没落の鍵だ。イギリスは単にマッキンリーを暗殺しただけではなく、アメリカ式システムをも抹殺してしまったからだ。我が国や他の国がそのような原則を追い求めれば強くなり繁栄し平和になりイギリス帝国は取り残されると理解していたからだ。だから彼らはアメリカ式システムの考え方を葬り去り、自由貿易や自由放任主義という不毛のアイデアを与え、連邦準備制度のような帝国主義的な機関を設立させた。
 その上で彼らは経済はこのようにすればうまくいくのだと我々に告げるのだった。(この件に関する戦いについて深く知りたい方はリンク先どうぞ)。あなた方が経済の法則と教えられてきたことは、実はイギリス式帝国システムの宣伝用のスローガンだった訳だ。(続く)

 前回の最後の部分でスーザン・コキンダ女史が述べた言葉は衝撃的と感じた方、経済学に何かモヤモヤすることを感じておられた方で膝を打たれた方、反発を感じた方さまざまかもしれません。「あなた方が経済の法則と教えられてきたことは、実はイギリス式帝国システムの宣伝用のスローガンだった訳だ。」
 カネが全て、金銭が全ての尺度、効率最優先、消費拡大、自由貿易という価値観や遣り方を世界に普及させたイギリス式グローバリズムのプロパガンダだったという見方と、それの対極にあるアメリカ式システムという見方が理解できれば今トランプが何をしようとしているかにつき認識が広がるかもしれません。それらの例をグリアー通商代表、べセント財務長官、JDヴァンス副大統領が述べたことを紹介しています。
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アメリカ建国250年:イギリスが盗みトランプが取り返しつつある仕組み(その2)(承前)

  (2)自然の摂理と自然の中の神
   独立宣言の最初に建国の父達は自然の摂理と自然の中の神に請願した。彼らは自らの行動が世界に対しての説明責任があるということをわかっていたからこそ民主主義国家ではなくて共和国となった。この250年の祝意においてその原則が経済のアイデンティティーに反映した数々のことが確認される。だがトランプを暗殺しようとした勢力と同じ勢力からターゲットにされ牢獄に入れられた一人の男、リンドン・ラルーシュが1989年に牢獄で書いたことがそのことを明確に認識していた。
 「国家とは二つの種類の関係により定義される。一つの側面は個人と社会の中の特定の選挙民との直接な関係を持つ政府という側面、同様に外国の国家との関係」と。これは多くの人が思い描く関係だろう。だがラルーシュは二つ目の機能を特定した。これこそがイギリス式システムがあなた方に完全に忘れて欲しいことだろう。
 「同時にその反面では、国家は全ての国民と物理的な世界との関係を形成するものでもある」と。
  自然の摂理と自然の中の神、という言葉に戻ろう。これこそがアメリカ式システムの真髄なのだ。普遍的な原則があることを認識した経済の形態なのだ。国が永続し繁栄する為には国の政策がこれらの原則に付合することが求められているのだ。ということは国は物理的な世界で成功裡に活動することが求められているのだ。つまり、自国で生産し、自国で製造し、自国で発明し発見しなければならないということなのだ。
 然し乍ら、マッキンリーの暗殺後125年の間にそのアメリカ式システムの理念は徐々に忘れ去られ、イギリス式の様々な哲学的なリベラリズムに置き換えられてしまった。自由貿易、消費主義、環境保護主義、大きな政府か小さな政府かという不毛な議論などがその例だ。
 これらの全てのイデオロギーはカネこそが経済を計る尺度だという考えに根ざしている。
 しかし、トランプ政権の閣僚はアメリカ式システムを復活させた。今年の1月ジェイムソン・グリアー通商代表は、多くの人が忘れてしまったハミルトンの経済システムと題したスピーチを行った。6月にはべセント財務長官はアメリカ式システムの不可欠な部分を修復した。即ち単なる消費ではなく生産することの重要性だ。
 べセント財務長官:「今までの一つ一つの間違いの下には我々の基本的な哲学の失敗という層が横たわっている。経済を消費志向に向かわせる過程で生産するということを忘れ去ってしまった。工場でどれだけ生産したかではなくてどれだけ消費する物が豊富にあるかを物差しとして計るようになってしまった。GDPについてはよく語られるが、その構成要素については十分な考察がされない。更には重要な物を生産することができなくなったら主権国家を維持できるのかどうかということを考えずにコストが安ければよしとする風潮が罷り通ってしまった。製造するということは帳簿の生産高以上の意味がある。それは実用的な能力の貯蔵庫だ。技術者や溶接工、工具職人、物流網、工場の管理者や労働者等、工場の現場でどうしたら問題解決ができるかがわかっている人たちの集まりだ。」
 イギリス式システムが支配するグローバルマーケットの恩恵で消費国になった国と、必要な物を自らの意思で自ら生産する国家との違いの本質をべセントは指摘した。
 そしてJDヴァンス副大統領がもう一歩踏み込んだ発言を今週のインタビューで行った。(中略)
 JDヴァンス副大統領:「大統領は既にアメリカ開発主義者的なアプローチとでもいうべき方向に経済政策の舵を切っている。アメリカの保守派の経済政策はミルトンフリードマンではなくてアレキサンダー・ハミルトン的なものだ。基本的にはハミルトンの伝統を引き継いでアメリカの保守派の経済政策が将来的には席巻すると思う。これは自由放任主義ではない。人間が繁栄するための道具、基盤とでもいうべきものを作るということだ。あまりにもグローバル化した経済を捨てて自分の国で生産できるよう自国の産業が繁栄する経済政策を実行するということだ。そうすることで我が国の将来の展望が開けると思う。だが、私にとってはこれは基本的には人間の尊厳に関わることなのだと思う。経済は人間の尊厳に仕える為の道具だ。」(続く)

 ジョン・ロックがサウスカロライナ植民地の為に起草した憲法には「生命、自由、財産」と書かれていたが、トーマス・ジェファーソンが起草した独立宣言には「生命、自由、幸福の追求」と書かれた。ここがイギリス式システムとアメリカ式システムが目指すことの大きな違いだ。幸福の追求とは物質的な財産の追求ではないのだ、発見、創造という人間の最高の行動を追求し、後世により良い世界を残すことを追求するという意味だ。物理的な世界の支配者から生殺与奪されることのないように自分達が本当に必要なものは自分達で工夫して作り出さねば(外国勢力やグローバリストから)自分達の尊厳を奪われてしまいかねない、という本質が説明されています。
 これは今の日本にも当てはまりそうに思われます。 最後にプロメシアンアクションという名前の由来となったプロメテウスについても説明されています。
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アメリカ建国250年:イギリスが盗みトランプが取り返しつつある仕組み(その3終)(承前)

  (3)物質的な財産ではなく幸福の追求
 JDヴァンス副大統領は、経済は人間の尊厳に仕える為の道具だと述べた。財産に仕えるものでもカネに仕えるものでもない。
 このことは我々を独立宣言、建国の父達が静かにしかし過激な宣言を書いた時に遡らせてくれる。私は学生時代アメリカ革命の理論的な基盤を研究する為何時間も図書館で書籍を読み込んだことを思い出す。その度にジョン・ロックに行き着いた。その当時は私が我が国の真の哲学的な源泉を発見するずいぶん前のことだったが、それでも我が国はジョン・ロックのいうような皮肉な見方から生まれたのではないのではないかという気がしていた。そして理由はわからないが私は正しかった。
 ジョン・ロックがサウスカロライナ植民地の為に起草した憲法には、「生命、自由、財産」と書かれていたことがわかったのだ。
 だがこれはベンジャミン・フランクリンの導きによりトーマス・ジェファーソンが起草したものとは異なるのだ。我が独立宣言にはこう書かれている。「我々は次のことは自明のことと認識している:全ての人は平等に創られたこと、譲り渡すことのできない権利が保障されていること、就中生命、自由、幸福の追求」
 これは詩的な美辞麗句ではない。哲学的な宣戦布告だ。ロックの書いたものとジェファーソンの書いたものの裏側には人間についての二つの異なる考え方があるからだ。
 ジョン・ロックの世界、トーマス・ホッブス、アダム・スミス、ジェレミー・ベンサム等の世界では、人間とは動物と大して変わらないという見方だった:本能に操られる、快楽を追求し、痛みから逃れる。これを上手に操れば自分達のカネ、儲け、財産に繋がると見做された。
 一方、ゴットフリート・ライプニッツやベンジャミン・フランクリンの伝統を引き継ぐ建国の父達の考え方はこうだった:人間は創造主の生き写しだ、自然の摂理と自然の中の神を発見できる心を持ち、それらに則って行動する。幸福の追求とは物質を追求することではない。発見、創造という人間の最高の行動を追求し、後世により良い世界を残すことを追求するという意味だ。
 幸福を基盤とした国家とは、何を保有しているかではなく、何を作り出すことができるかで測られる国家である。建国の父達は私有や私有財産を拒絶はしなかったことは明らかだが、彼らは高度な普遍的摂理の原則を続かせるためには国家の政策の枠組みが必要だということを認識していた。そしてそれこそがラルーシュが牢獄で書いたことなのだ。「国家は全ての国民と物理的な世界との関係を形成するものでもある」このことはべセント財務長官が言った、「我々はどれだけ消費する物が豊富にあるかではなく工場でどれだけ生産したかを物差しとして計らねばならない」も、JDヴァンス副大統領が「経済は人間を繁栄させるためにある」と言ったことも全て繋がることだ。
 アメリカ式システムは単なる経済政策ではない。物理的な世界の支配者から生殺与奪されることのないようにという認識であり、国民の創造力の開発が目的である。
 これが我々が今日祝うことだ。1776年に王権離脱したことだけではなく、(マッキンリー暗殺後の)125年を経て2026年に我々が再び取り戻した自由の目的を思い起こして祝う日でもある。

 これらのことを纏めるとこうなる。
 1776年に政府は人間の幸福の条件を守るために存在すると我々は宣言した。1901年にそのプロジェクトはハイジャックされた。現在そのプロジェクトは復活されつつある。

 だが、もう一点歴史を振り返り我が国の基礎固めがいかに意義深いものであったか見つけよう。
 キリスト誕生の約400年前、ギリシャの悲劇詩人アイスキュロスが「縛られたプロメテウス」を書いた。彼はプロメテウスが神から火を盗み人間に明かりを与えたという神話をもとに悲劇を描いた。我々が今お話ししてきた戦いと同じようなことだ。プロメテウスが人間に明かりを与えたとして彼を罰したゼウスの姿を、エリート階級やオリガルヒの中に見てとれるかもしれない。(リンカーン大統領の経済補佐官の)ヘンリー・ケアリーは後にこう言った。「彼らは人々を無知で野蛮であり続けさせ、人口削減をやりたいのだ」と。
 そしてあなた方はプロメテウスの中に人間とは何かの比喩を見てとれるかもしれない。火を使って自然を上回る力を持つことができ、もっと重要なことは創造力の精神で火を使いこなし物理的な世界との関係を発展させる能力を得た。
 このプロメテウスの暗喩がアメリカ革命に持ち込まれた。ベンジャミン・フランクリンはアメリカのプロメテウスと称賛された。彼は後にもし我々が持ち続けることができるなら共和国を与えられていただろうと述べた。
 我々は過去125年の間共和国であり続ける為の経済的知識を失っていた。ドナルド・トランプと彼のチームが再発見し、それを使って我が国の経済的再建を行いつつある。もしあなたがその一角に参加を希望するのであればプロメシアンアクションのホームページに行きどんなことでも可能なことに参加して下さい。(終わり)

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