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期日前投票はユルいから、何度でも投票出来る?日本人は普通、そんなズルいことは考えへんのやで。

 昨日は予告もなくお休みしまして申し訳ありません。エラそうに、一昨々日は「予告」してお休みしたくせに、ですね(笑)。体調不良ではなく、ちょっとパソコンと格闘していました。気が付いたらもう、時間が無くなっていたというわけです。

 さてアホバカ石破政権は、何を言うてもやってもダメダメですね。一昨日書いた、「党内言論封殺」に続き、今日は「期日前投票」をしっかりやれ、という指示が出され、ネットでは話題になっています(【参院選2025】内部ペーパー入手!自民党が過半数割れ確定でまさかの動きをはじめました!須田慎一郎が解説)。自民党の森山幹事長と木原選対委員長の連名で「『期日前投票徹底週間』の実施について」という文書が出された、と。

 実は「期日前投票は手ぶらで行っても何の確認もされずに出来る」ので、もし同じ人が何度でも投票できるなら、せめてバレんように1日一回としても、一週間で7回できるというわけですね。?いやいや、そんなアホな、と私は、いや、普通の日本人なら思いますね。

 あ、何も上の文書は、そうしろ、とは書いていませんよ。でもわかる人にはわかる、というわけでしょうか。しかも石破首相を産んだ岸田が一昨日(7/11)こんなXポストをしています。

参議院選挙、投票日20日の前日まで毎日「期日前投票」ができます。
期日前投票はお住まいの役所や出張所等で可能で、通知書などを持っている必要はなく、手ぶらで会場に行けば投票できます。

 「毎日投票できます」って、何だか変、ですね。間違いではないけど。てか、そういうことなんですよ。知らんけど。できるだけ投票率を上げるために、広報してるんや、と言うんかも知れませんね。いやいや、それやったら「三連休の中日」にわざわざ投票日を設定せえへんやろ!と言われていました。

 投票率が低い方が、浮動票が抑えられ、組織票にとって有利やからですね。こんな投票日の設定は、「前代未聞」やそうです(すみません、私は過去の選挙日を調べてはいません、複数の人が言うてはりました)。とにかくやることなすこと、「姑息」なんですよ、アホバカ石破政権は。

 そして、日本人なら考えもつかへんことを平気でする、と言うておきましょう。ウソをつくことも、ですね。もう政治家って、汚すぎる!と言いたいですね。さてそんな中、参政党はますます勢い付いているようです。

 「日本人ファースト」はヘイトや、とか言い始めましたが、むしろ今こそ言え!という声が高まって来てるように思います。日本人、目覚めろ!というわけですね。

 そしたら昨日、私が入れて貰うてるメーリングリストで、この動画の紹介をしてくれた人がいました。とても感動したので、パクらせて貰います。「偉人の教え」というYouTubeチャンネルの、「悔しいが、日本には比類がない | レヴィストロース | 人類学 | 日本文化 |」という動画です。

 書かれたものの朗読のようでもあり、要約なのかも知れず、そのソースは私は調べられていませんが、言うてはることは、いちいち頷ける話です。9分ちょっとなので、文字起こしをしました。長いですが、ぜひご覧ください。話し言葉なので読みやすいです。読んだ(聞いた)後は、勇気が湧いて来ます。(写真

私はこれまで世界中の神話を読み、数百の文化構造を比較してきた。
だが日本ほど精緻で美しく、矛盾を抱きながら調和し続けてきた文化を、私は他に知らない。
私が日本に初めて深く触れたのは、人生のかなり後半のことであった。

それまで私は南米の密林で、太古の部族と寝食を共にし、ヨーロッパの言語体系を解体し、無数の神話を体系的に比較する仕事に没頭してきた。
文化を比較し、世界の多様性の根底に流れる普遍構造を探し求めることが、私の知的情熱だった。
だが日本という存在は、私の研究人生において最も美しく、そして最も謎めいた例外だった。
私が驚いたのは、日本人が「違い」に対して持つ独特の眼差しだ。

例えば外来の思想や宗教がやってきた時、他の国なら自国の文化を捨てるか、入ってきたものを排除するかになりがちなのだが、日本では新旧を対立させず、古きものと新しいものを重層的に積み重ねていく。
神仏習合や和洋折衷の風習。
現代都市に残る古い神社の静けさと高層ビルの共存。
そのあり方には、異なるものをそのままに調和させる静かな知恵が生きづいている。

日本人はしばしば、自分たちの「空気を読む文化」や「曖昧さや控えめな態度」を自虐的に語るが、実はそれらこそが、多様な価値観や美意識を共存させ、争いを最小限に抑え、調和の中で独自の道を切り開いてきた底力なのだ。

神社の静けさ、茶室の詫び、和歌の余白、季節の移ろいを感じる心、祭りに息づく土着の霊性。
日本人は日々の生活の中で見えないものの力を大切にし、空という余白を愛し、完成を目指さない不完全の美を知っていた。
例えば道端の小さな石仏に手を合わせる姿や食事の前後の「いただきます」と「ごちそうさま」、公道の草や落ち葉を黙々と掃く精神、あるいは桜が咲く短い春を全身で味わい、散り際に美しさを感じる心。
こうした何気ない所作や心の動きに、日本文化の真髄が静かに息づいている。

西洋において、論理と体系化は文明の根本的価値とされてきた。
だが日本人は矛盾するものを矛盾のままに調和させる知恵を長い歴史の中で身につけてきた。
そこには、分けない、名付けない、決めつけない、そういった自由があった。
日本語という言語もまたその複雑な構造と曖昧さによって、繊細な感情や言葉にできない響きをそのまま保存してきた。
疑音語、間、余韻。
言葉の向こう側を感じ取る力。
それは私が世界を歩く中で出会ったどの民族の言語にも見られない特徴だった。

建築を見てもそうだ。
西洋の石造建築が永遠を志向したのに対し、日本の木造建築は無常を前提に自然の中に溶け込むように建てられる。
取り壊し作り直すことを恐れず、時の流れによる無常に美を見出す。
ここにもまた世界の他の文明にはない独自性がある。

私はしばしば日本の特殊性を語る時、それが排他性や優越性の主張と誤解されることを恐れる。
私が言いたいのは、そういうことではない。
日本文化が持つ、「世界の中の例外」という位置付けは、あらゆる文化がその独自性を守りながら調和し、共に生きるための一つの道標です。

現代において世界はどんどん均質化している。
インターネットやグローバリゼーションによって、どの町にも同じような店が並び、同じような音楽が流れ、同じような思想が広まっていく。

だが私は願う。
日本人よ、古いものと新しいもの、内と外、異なるもの同士を排除せずに受け入れてきた、その心をどうか誇りなさい。
あなた方の中には、「日本は遅れている」、「世界に追いつかなくてはならない」と感じている人も多いかもしれない。
だが私は世界を歩き、無数の文化を見てきて、「そのままの日本」を世界がどれだけ必要としているかを、心の底から知っている。

経済の優劣、科学技術の先進性でもない。
人間とは何か、自然とどう共にあるか、死や無常をどう受け入れるか、こうした根本的な問いの答えを日本文化はあまりにも静かに、しかし確実に伝え続けてきた。
どうか自らを軽んじないで欲しい。
そして他国と比較して自分を小さくする必要は全くない。

庭の苔むした石に向ける静かな眼差し、季節の移ろいにそっと踊る心、一つの言葉の余韻に涙するその感受性こそが、世界の奇跡であり、これからの時代にこそ必要とされる「知」ある。

私が何より強く伝えたいのは、日本文化の価値は過去にあるのではなく、まさに今この時代にこそ求められているという事実だ。

世界は分断と対立を乗り越え、新たな共生の形を模索している。
その時、異質なものを排除せず、矛盾をそのまま受け入れ、そっと美として昇華するあなた方の知恵が、どれほど大切な道しるべとなるか。

日本人よ誇りなさい。
それは他者を見下すためではない。
世界に唯一の灯りとしてあり続けるために。

しかし戦後、少しずつあなた方が古来より大事にしてきたものが壊れつつあるようにも感じます。
あなた方にしかない素晴らしい価値観を良くないものとして扱っているように感じます。
もしくは歪めて捉えられてしまっているように感じます。
「空気を読む」、「他者を思いやる」、「調和する」。
それらは本来あなた方の文化において自分を犠牲にすることではなかったはずです。
あなた方は相手を殺さず自分も殺さず調和しようとしてきた唯一の民族です。
もしかしたら戦争の影響はとても大きなものかもしれません。
世界で唯一、原子爆弾を落とされたあなた方は、私たちには到底想像もつかない恐怖を背負ってしまっているのかもしれません。

「もう二度と波風立てません」と、その喉に釘を刺したのかもしれません。
それでも、それでもどうか、自分を殺さないでください。
その光を隠そうとしないでください。
あなた方自身のために。
そして、全人類の未来のために。

もう一度あなた方の神話に触れてみて欲しい。
あなた方が持つ、「全てを敬う心」をどうか守り、伝えて欲しい。
私の身勝手な願いをどうかお許しください。

 日本人はやっぱり、まっっっったく違う民族なんですね。もっともっとしっかり意識しましょう。実は今、世界は「食うか食われるか」の瀬戸際なんです。誇りを持って、強みを意識しつつ、絶対に負けへん国を、みんなで作って行きましょう。


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