
今日は憲法記念日。日本人にとっては全くもって、とてもおめでたい日ではありませんね。ただの屈辱の日とちゃいますか。コピペだらけの、英文誤訳調の、単なるGHQの日本占領規定を、なんでホイホイ祝えるというんや!と、日本人は怒らんとあきませんね。
コピペだらけというのはもう有名な話です。10年以上前の産経の「正論」で西修さん(駒沢大名誉教授)が書いてはります(GHQによるコピペ(盗用)にすぎない現行憲法を放置してよいのか)。これがベースになって、以後、多くの人が認識するようになりました。
当時の法学者でさえ、あまりにチャチな前文なので、「(案)を受け取った憲法担当国務大臣、松本烝治は、翌3月4日、同案に付されていた前文を削除した憲法案(『3月2日案』)をGHQへ持参し」たところが、無視されて、まんま復活させられて通ってしもたわけですね。
西修さんは4年前の今日(5/3)付けの「現代ビジネス」ではもっと詳しく書いてはりますね(日本国憲法はなぜ「残念」なのか?憲法学者が考える“世界の化石”憲法の「数々の問題点」)。
■アメリカ合衆国憲法 「日本国民は、……」“We, the Japanese People”
■リンカーンのゲティスバーグ演説 「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって」
■マッカーサー・ノート 「日本は、その防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理想にゆだねる」
■テヘラン宣言 「専制と隷従、圧迫と偏狭を排除しようと努め」
■大西洋憲章 「すべての人類が恐怖及び欠乏から解放され」
■アメリカ独立宣言 「われらは、相互にわれらの生命、財産及びわれらの神聖な名誉にかけ、神の摂理の保護に強く信頼して、この宣言を擁護することを誓う」
いやあ、ホンマにデキの悪い学生のコピペやんか、と。そりゃあ、まだ若いアメリカのGHQ官僚が10日間かそこらで作ったものですからね。西さんは本にして書いてはりますね(『“ざんねんな”日本国憲』)。
もちろん私は、こんな憲法はさっさと改正せよという立場ですが、これもまたややこしいんですよね。衆参両院の3分の2以上、国民投票で過半数を取らなあかんって、いやあ、かなり無理がありますね。ちょっとでも論争になったらもうムリ、どうでもええような無難な話しか通されへんような、トンデモない条件ですね。
ちなみに大学の法学部ではいまだに、「八月革命説」を教えてるんやとか。参議院議員の山田宏さんがXポストしてはりました。ご自分が京大法学部に入って、初めて講義を受けた頃の思い出とか。
憲法概論では、日本国憲法は昭和20年8月15日に「革命」が起きて、主権者が天皇から国民に替わって成立したと教わった。「8月革命説」と呼ばれている。そして今でも大学の法学部ではその「嘘」を教えている。
そうなんですよ。「八月革命説」といえば、東大の宮沢俊義ですね。緻密に精緻に作られた「大日本帝国憲法」との落差があまりに大きくて、憲法学者にとってはもう「革命」で無理やり作られたことにせんと説明がつかへんことを、実は一応学者である宮沢はわかっていたということやと思います。で、「革命」はいつ、どこで、ホンマに起こったんでしょうかね、宮沢くん。あーアホらし。
とは言え、多くの人が憲法私案を作っていますが、大きな流れにはなっていませんね。今にして思えば大日本国憲法は、伊藤博文を中心に、井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎らが作ったんですね。当時のドイツを参考にした、と。
日本にはもともと聖徳太子の「十七条憲法」やら、明治天皇の「五箇条の御誓文」がありましたね。そして大日本帝国憲法は、天皇が皇祖皇宗(神々)に対して誓いを立てる祝詞(のりと)、告文(こうもん)の形式になっている、ということですね。まずはそこから戻すべきやと私は思いますね。
まあ今回はムリでしょうが。今の、上で書いたようなこんな出来損ないの「日本国憲法」でも、80年、日本人は過ごして来たんやから、実は日本人には憲法なんかいらんのとちゃうか、とも言いたいです。まずは憲法は廃止して、必要なことは国会で、どんどん法律を作って決めて行きます、とか(笑)。(写真)
今日は国旗損壊罪に関して、前にチラッと書いた西田昌司くんに関する続報を書こうと思っていましたが、またにします。西田くん、やっぱりあかんで、という話です。
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