
ほら、やっぱりね、という動きがありました。ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長へのアメリカからの経済制裁の話です。須田慎一郎さんが、めっちゃわかりやすく話してはりました(【石破茂ら】ICC問題を人質にして高市降ろしをたくらむ勢力)。「人権外交を超党派で考える議員連盟」という、いかにもパヨパヨな連盟の会合があって、この「制裁」に批判の声を上げた、と。
石破の他に名前が出たのが中谷元、大岡敏孝という、ゴリゴリの緊縮増税(減税反対)派のアホどもが、反高市、高市批判、高市降ろしを始めている、ということですね。次は必ず落としましょう。どうせこいつらは、党を出て行くほどの根性はありませんからね。
このICCと赤根所長についてはもうええでしょう。ただのアホ左翼です。ただ、こいつらのせいで、高市政権、自民党が分断されるようなことだけは絶対にしたらあかんと思いますので、こいつらの動きは芽のうちに摘んでおきましょう。
さてもう一つの話題の、沖縄県知事選、下地さんが立候補を取りやめたことで、自民党本部が推している古謝さんへの追い風が一気に吹いて来ています、と。それをまとめたのが、自民党の選対委員長の西村康稔くんやそうです。党の役員の中で、「選対委員長」というのは、相当な役職(党4役)やというのは、私は最近知りました(笑)。
西村康稔くんも色々あったけど、今回はしっかり頑張った、ということのようです。まあこれを機に、自民党沖縄県連も刷新された方がええように思いますが、その先はややこしそうなので、省きます(笑)。いずれにしても、玉城デニーは絶対に落とさなあきませんね。高市政権、着々と進んで行きましょう。
そして今日、産経で、はっとするような記事を読みました。コラム「阿比留瑠比の極言御免」の、「昭和天皇の改憲論と苦悩 今日を見通したような中国観に驚く」です。
元々、令和3年から5年にかけて全7巻の『昭和天皇拝謁記』が刊行されていたのですが、その一部を勝岡寛次・麗澤大客員教授がブックレットにして、『昭和天皇「憲法改正」の悲願 「昭和天皇拝謁記」を読み解く』として先日、刊行しはったそうです。
『拝謁記』は、初代宮内庁長官だった田島道治氏が昭和天皇との日々のやりとりを記録したもので、昭和天皇が安全保障上の必要から盛んに憲法を改正すべきだと述べられていたことなどが記されている。
戦後のアホマスゴミの全盛期に、昭和天皇のお考えをきちんと報道するような新聞はなかったわけですが、記録はちゃんと残してはったわけですね。そして、昭和天皇は、実に的確な言葉を発してはった、というわけです。昭和天皇は昭和28年5月5日、
《世の中にどろ棒がなければ警察は入(要)らぬが、事実泥棒のある以上は警察がなければ誰れも安心出来(でき)ない。侵略する国家がないとの確乎(かっこ)たる前提あつての軍備反対ならば別だが、(中略)現に中共のやうな侵略の現実に接する以上、軍備はなしに出来ぬ》
とおっしゃっていた、と。そして同年10月2日、
《中共の事(こと)なども、実は侵略主義だとか、実は自由はない圧制だとか、人権など重んじないとかいふ実情を、もつと国民に宣伝といふと語弊があるが分からせるやうにしなければならんと私は思ふ》
ひえーー。めっちゃ正しいやんか。てか、昭和28年の段階で、「中国」の本質をちゃんと見抜いてはったわけですね。さらに、その前年、昭和27年の2月11日には、
《今となっては、他の改正は一切ふれずに、軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいい様(よう)に思ふ》
ひえーー。今の今でも完全に正しい考えやんか。74年前やで。阿比留瑠偉さんは最後にこう書いてはります。
勝岡氏は、昭和天皇がこうした考えを何とか吉田茂首相に伝えたいと願い、憲法上、国政に関与できない立場からそれができずに苦悩される様子を活写している。高市政権には、経済対策はもちろん、こうした思いをくんだ改憲への取り組みを求めたい。
いやあ、正しいですね。憲法改正は、「9条廃止」一択!、自衛隊を普通の「軍」に戻そう、しかありませんね。一気にやらなあかんのや!と言うておきましょう。
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