習近平にトランプ「フライングタイガース」は台湾に触れんでも皮肉が効いてるやんか。わかるかな。

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 世界中が固唾を呑んで見守った米中首脳会談は結局、何の成果もなかった、というのがマスゴミも含めての結論でしょうね。あ、パンダ2頭はおみやげでアトランタの動物園に贈られるとか(米にパンダ2頭到着と習氏)。どうでもええわ(笑)。

 そしてネットではもう、トランプさんが習近平に、かつて我々は「同盟」やったとか、一緒に戦ったとか言うたことで大騒ぎです。でも私はトランプさんが「フライングタイガース」の名前を出したのが、めっちゃビックリでしたね。

 ウィキペディアでは、「日中戦争時に中国国民党軍を支援したアメリカ合衆国義勇軍の愛称」とありますね。ま、そもそもその時点で「中国」は蒋介石の「中華民国」ですからね。毛沢東の「中国共産党」は、大陸の端っこを逃げ回ってただけですからね。

 この「フライングタイガース」を蒋介石の援助により創設したのがシェンノートで、アメリカ陸軍航空隊の将校、と。何のことはない、真珠湾攻撃つまり日米開戦の前から「中国」大陸では蒋介石を応援してたわけですね。

シェンノートWikipedia

 ネットではトランプさんの皮肉か?と捉える人もいます。蒋介石の中華民国は今の台湾そのものやんか、というわけですね。もう、いつでも歴史を今の自分らに都合よく書き換えて来た民族の習慣として、そんな細かいことはどうでもええんや、てなもんでしょうね。かつてアメリカと「中国」は同盟やったんや、と。

 昨日も書きましたが、トランプさんは超優秀な営業マンですからね。おべんちゃらも最高級、でも皮肉もたっぷり混じってる、と。共同声明も共同記者会見さえもない、何のための訪米やったんや、と言われそうな習近平でした、と。朝日や毎日は当然のこと、アホの日経も、読売までもが的外れな記事を書いています(第2次大戦に触れトランプ氏「米中は同盟国」、当時は中華民国…「抗日」巡る中国の言説補強する恐れ)。

 まあトランプさんにしたって、真珠湾攻撃は卑怯だったよな、と言う程度の認識のようですし、原爆は戦争を止めるために必要やった、という解釈のようですから、今さらこの話を持ち出しても詮無い話やと思いますね。

 あ、とは言え、Xには色んな話が飛び交っていて、私が知らんかった「ガンホー」の語源も知りました。フライング・タイガースは、

米海兵隊に『gung-ho』(中国語の『工合』=一緒に働く)という言葉を使わせるようになった。海兵隊は今でもこの言葉を熱意の表現として使っている。

とか。ひえーー。ゲームの話とちゃうんかい、と。

 そのうち、「911」を真剣に振り返り始めれば、その時にでも、実はね、と教えてあげてもええのかも知れません。もしくはトランプさんはもう真相は知ってはいるけれど、それらをバラしていく順番を、いまはまだ考え中、なのかも知れません。そして笑えたのはこれでしたね。バイデン・オートペン大統領の写真。高市さんもここで大笑いしてたところですね。

 「習近平が笑ってる」と、「中国」人も驚いてるとか。あ、どうでもええわ(笑)。とにかくトランプさんのおかげで、世界がものごっつい勢いで変わろうとしていますね。しっかり付いて行きましょう。

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コメント

  1. 費府の飛行士 より:

    真珠湾攻撃の5ヶ月前にルーズベルトは日本爆撃命令を出していた。もうご存知のことかもしれませんがご参考までに投稿します。
     ルーズベルト(父祖はユダヤ系オランダ人)が1941年7月(真珠湾攻撃の5ヶ月弱前)に日本爆撃命令に署名(機密解除された文書のコピーはPDFを持っていますがここで貼り付けられません)しました。

     ”1941年7月23日。了解。ただし、軍事使節団方式をとるか、アタッシェ方式をとるか、については、再検討されたし。F D R ” と署名しています。
    この指令書の書き出しは、”ラフリン カリー氏の要求により” となっています。ソ連のスパイであり、ルーズベルトの側近(大統領補佐官)であったラフリン カリー(1934年に米国に帰化。1954年にスパイ容疑で米国籍剥奪され、コロンビア国籍取得)がアレンジしていたことが窺えます。
     この、ルーズベルトの攻撃命令(1941年7月)のキーワードは、J B355です。(1941年7月の段階では戦争回避に向けての、日米の必死の交渉が行われていました。なんのことはないというか、すでにこの時点でアメリカは対日攻撃を命令していたということです。)(尚、J B とは、The Joint Board:陸海軍統合参謀本部のことです。)
     J B355は次のような極秘計画です。この計画自体はアメリカの研究者の間では1990年代初めには知られていたようです。
     350機の戦闘機と、150機の長距離爆撃機を中国に供与して、中国の基地から神戸、京都、大阪の三角地帯と、横浜、東京地区の産業地域を攻撃する計画でした。中国空軍にやらせる計画ですが、その中国軍の中枢に、いわゆるフライングタイガーと呼ばれる、偽装ボランティアのアメリカ陸海軍飛行士が派遣されていました。
     指揮官は米軍大尉だったクレア シェンノート(中国名:陳納徳:チェン ノートと呼ぶのでしょうか)。月給1000ドル(当時の同資格の米軍給料200〜300ドルに比べ破格の待遇)と大佐の階級で蒋介石に雇用された。

     順調にいけば、9月末あるいは10月初めには日本本土爆撃が行われるはずでした。しかし、欧州戦線が急迫し、大型爆撃機をそちらに優先して回さなければならなくなった為に、中国への供与が遅れました。そして、その結果として10月段階での日本本土爆撃は実施できませんでした。
     J B355は、対日戦に備えての単なる戦争計画というよりも、中国を通じた形をとった、日本本土爆撃命令と捉える見方が多いようです。また、添付文書のうち、1945年1月24日?(但し、この日付は国立公文書館に複製保管された日付のようです。文書自体の日付は不明)と読める文書の9にも同様の趣旨の計画が述べられています。
     更に、9ーGには、日本への石油の禁輸をオランダに対し主張すべきとの趣旨も見えます。
     そして、10には、これらの数々の我が方の措置(行為)が、日本をして戦争行為に至らしめることにつながるのであれば、その方がずっと好ましいことだ、という趣旨のことも述べられています。