大阪都構想は「府知事が市長を兼任した明治の初めに逆行」やんか。何で大阪市を解体するんや?

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 今朝(7/16)の産経新聞(大阪版)の記事を読んでビックリしました<「大阪都という名称に」吉村知事、変更に意欲>という見出しです。これはネットには上がっていなかったので、時事ドットコムニュースの<「都構想」で協力呼び掛け 吉村大阪知事>を貼ることにします。

 大阪府の吉村洋文知事は15日、衆院議員会館で開かれた地方分権に関する勉強会で講演した。11月1日にも住民投票が実施される大阪都構想について「地方分権の大きなテーマに挑戦している」と述べ、協力を呼び掛けた。

 大阪の話やのになんで東京に行ったんかというと、

是非を問う住民投票で可決されれば、「大阪都」への名称変更も目指す考えを示し、法整備などでの協力を求めた。

 この部分は、手元の産経新聞からもコピペします。

 都構想が可決されても府の名称は維持され、変更には法整備が必要。名称変更を求める府民の「意思」が投票で示されれば、法整備への後押しになるとの思惑がある。松井一郎大阪市長も住民投票を実施すべきだとの意向を示している。

 ふうん。吉村くん、勝手なことしなさんなや。もう都構想が通るものとして動いてるわけやな。今世界中が、武漢コロナのせいで経済がガタガタになっていて、まだまだひどくなることもわかっていて、しかもそれを回復するのにはこの先、何年もかかるやろうことは、誰もが言うてます。

 こんな時に、大阪市を解体して、24の区を4つに統廃合するような大混乱を引き起こして、いったいどないすんねんや?という話ですね。私はそもそも都構想には反対ですが、それにしても、今やる話とちゃうやろ、とみんなが言うてますね。

 このドサクサに紛れてやってしまえ、というめっちゃ乱暴な、いかにも維新、なやり方ですね。もともとの計画では今年の春ごろから大阪各地でいろんな説明会?をするつもりやったのが、全部武漢コロナで飛んでしもた、ということですね。そしたら普通、住民投票なんか中止するか、延期するのが当たり前とちゃうんか?

 武漢コロナ対策で吉村くんは大阪のテレビにはもう出ずっぱりです。東京の緑のおばさんにしても、露出が増えると何となく好感度が上がるというのは、もう計算済みですね。ちょうどええわ、人気が上がってる今のうちや、というわけですね。

 大阪「都構想」が何であかんのかを言い出すと、すぐに一冊の本になってしまいますが、それについては既に、前回の住民投票で大阪市民がかろうじて否決するのに大きく貢献した藤井聡さんの『大阪都構想が日本を破壊する』 (文春新書)をあげておきましょう。

 そしたら何と今日(7/16)の「宮崎正弘の国際情勢解題」の通巻第6589号の(読者の声1)で、椿本祐弘さんという人が大阪都構想を批判してはりました。

私は、周辺自治体を含む大阪府全体の組織を統合一体化して、広域行政と基礎的行政を再区分、再構成していくというような発展的な構想ならその意義を認める

しかしながら現行の「大阪市解体案」では、そこに将来的展望、未来構想が認められない、と主張しているのです。このような無内容な案が大真面目に議論されている現状に、大阪の衰退を感じざるを得ず、大阪市立小学校・中学校で初等教育を受け、大阪を愛する人間としては哀しくなってきます。

 そうそう、私も大阪市立小・中学校の卒業生ですから、歴史と伝統ある大阪市の解体は許せませんね。そして、宮崎正弘さんはちゃんとコメントを付けてくれてはりました。

 「都」とは天皇陛下の皇居があるところ、ですから国家分裂を策すのが大阪都構想となるのですが、橋下某とかには、そういう基本知識も欠いているようです。

 あはは、一刀両断ですね。話は戻りますが、そもそも何で大阪市の松井くんと大阪府の吉村くんだけの話になってるんや?というのも気になりますね。大阪府にはもう一つの政令指定都市、堺市がありますが、この堺市と維新は犬猿の仲ですね(笑)。地方自治というのは、地元の人たちの地道な話し合いの積み重ねでしか進められへんのとちゃうんか?という話ですね。

 そしたら何と、椿本祐弘さんが「宮崎正弘の国際情勢解題」の通巻第6590号に(読者の声1)で連投してはりました。10月1日は「都民の日」なんやそうですが、それについて解説してくれはった後に、次のように書いてはります。

 東京都は、昭和18年という戦時中に「都」となった日を記念日とするのではなく、明治の時代に「市長」が設置されて、当時の「東京市」が「東京府」からの独立性を強めた日を、「自治の大切さを自覚しようという願いをこめて」、「都民の日」としているのです。
 これに対して、いま、維新なるあやしげな政治団体が蛮行しようとする「大阪都案」というより「大阪市解体論」は、「市長」という職位を廃止して、基礎自治体である大阪市の独立一体性、自治権を破壊、弱化し、府知事が市長を兼任した明治の初めに逆行しようとするもの(戦前は官選であった府知事が民選に変わっているだけ)であって、「改革」でも何でもない。

 わかりやすいなあ、椿本さん。「府知事が市長を兼任した明治の初めに逆行」、まさにその通りやんか。コピペばっかりになりますが、これは大いに勉強になると思いましたので、「変革」を論じる人の危険性について書いた中江兆民の『三酔人経綸問答』からの引用文を、こちらにも孫引きさせてもらいます。

「彼らはたいへん変革が好きだが、古いものを棄てて新しいものを採るのが好きだというのではない。ただただ変革するのが好きなのだ。善悪どちらでも、変革することが好きなのだ。破壊が好きだ。勇ましいところがあるからです。建設を好まない。臆病のようなところがあるからです。保守を一番好かない。一番臆病のようなところがあるからです。」

 ふうん。昔の人はええこと言うてはるなあ。「大阪都構想」の危険性はいっっっぱいあるんですが、どうも私ら日本人は、よさげなイメージだけで言われると、流されてしまうところがありますね。特に今のテレビ時代はめっちゃ危険やから、とにかくめんどくさいけど、しっかり調べて考えて、間違わんようにせなあきませんね。

【文中リンク先URL】
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020071501071&g=pol
https://www.mag2.com/m/0001689840

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ナニワの激オコおばちゃん

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