何が「文化の日」や。GHQに奪われた祝祭日を、70年たっても戻されへん、情けない日本国民。


 奉祝 明治節

と言うべきなんとちゃうか?今日の11月3日。多くの人が指摘してはりましたね。産経新聞では半5段の小さな新聞広告が出ていました。掲載した広告主は「明治の日推進協議会」というところです。タイトルは「11月3日を『明治の日』に!」。

11月3日は明治天皇の誕生日であり、
昭和2年に国民の請願を受けて「明治節」とされました。
敗戦後の占領政策により
「文化の日」と改められてしまいましたが、
もともとの歴史的経緯を踏まえた「明治の日」と改め、
先人の歩みに思いを馳せ、
国民として為すべき課題を問い直す
契機にしたいと思います。
是非とも署名運動に御協力下さい。

 上のWEBサイトから署名用紙をダウンロードして送ることも、ネットで署名を送ることもできます。私はネットで送りました。サイトには次の文章もありました。

このような戦後に決められた曖昧な祝日名を改めた先例があります。昭和天皇の崩御ののち決定された「みどりの日」が、平成17年に「国民の祝日に関する法律(祝日法)」を改正し、「昭和の日」に改められたことです。「みどりの日」という名称では、昭和天皇のお誕生日である4月29日をお祝いするのに、適切ではないとする多くの国民の熱烈なる請願を受け、衆参両院において、可決されたのです。
この先例にならうなら、「文化の日」も「明治の日」に改められなければ、首尾一貫しません。

 そうですね、私が子供の頃は4月29日は「天皇誕生日」でした。ゴールデンウイークの始まる、めっちゃ嬉しい日、やったんですね。たしかに一時、「みどりの日」になっていましたね。「昭和」が終わる頃なんて、私は全く「覚醒」なんかしてへんかったし、祝日の名前なんて、どうでも良かったですね。あー、何と恥ずかしい!

 せやけどよう考えたら、「昭和の日」ができてからもう16年やんか。さっさと11月3日も「明治の日」にせえ、という話ですね。遅きに失してる真っ最中、と言わなあきませんね。実はこの「文化の日」、もう一つ有名な裏話がありますね。

 GHQが押し付けた「日本国憲法」の公布は昭和21年11月3日、施行が翌年の5月3日ですね。普通、記念日にするんやったら、最初に公布された日にするのが当たり前やんかと思いますね。「明治節」を廃止させたGHQが、この日を「憲法記念日」にすることを拒んだというわけです。あーアホらし。

 戦後すぐの頃、GHQは他にも色んな姑息なことをしていますね。昭和天皇のお誕生日の4月29日に、東條英機ら「A級戦犯」を起訴し、昭和23年12月23日、当時皇太子であられた現上皇陛下の15歳のお誕生日に、この「A級戦犯」7名を絞首刑にしたのも有名な話です。

 ホンマに日本人は、アメリカ人に舐められてたもんですね。やっぱりあいつらは未開の土人や。そんな土人が作った憲法やら、インチキな「文化の日」、ホンマにさっさと元に戻さなあかん。祝祭日の話で言うと、「勤労感謝の日」はさっさと「新嘗祭」に戻さなあかん。

 そもそも戦前は「祝祭日」やったのに、「祭日」は無くなったわけですね。何が「政教分離」や。神道は宗教とちゃう!と言いたいですね。この話は長くなりますから、またにしましょう。いずれにしても、土人のアメリカ人から奪われたものは、さっさと元に戻しましょう。

【文中リンク先URL】
http://meijinohi.com/


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ナニワの激オコおばちゃん

コメント

  1. あき より:

    まず、連休にするとか言って出鱈目にした祝祭日を元に戻して欲しいです。

    明治の日も良いんですが、長崎市で原爆慰霊碑朝鮮人用~今度は強制連行されてきたお可哀想な朝鮮人・悪質な事に日本語、朝鮮語、他の言語とで内容が違う。  こちらが、11月6日除幕式で迫っており、被害が大きく長いので、長崎市に抗議、止める様に(慰安婦とか強制連行件は閣議決定済)電話やファックスして下さい。  もう、うんざり糞パヨク共・日本国の公務員でしょ!しっかりしろと全国に言いたい。  終戦以前、朝鮮人は日本人扱いだったし給料も貰ってる(自分達で日本に稼ぎに来た)いい加減エンドレス被害者ビジネス等(特権税金他)は終わらせるべきです。

  2. 波那 より:

    そうです。明治天皇が御生誕された日でした。畏れながら明治天皇は大帝とお呼びするに相応しい方であらせられ、ドナルド・キーン先生の「明治天皇」を読んでから、このような方が居られた日本に日本人として生まれた事は特別な事だと誇りに思えるようになりました。私は、ねずさんのブログの熱心な読者ではなかったのですが、ねずさんが天皇と権威について書かれた記事を他の方が転載されていて、よく天皇陛下は権力を持たれた事はない、天皇とは権威であると言われますが、この記事を読んで天皇の権威とは権力の様に手に入れようとして得られたものではないと言う事が腑に落ちました。長いので前半はブログで御覧になって下さい。「何かおかしいよね、今の日本」というブログです。

    今般は眞子様の件で皇室を地に落とそうとするが如くに騒がれ、あれやこれやと皇室全体が貶められようとしています。眞子様は今はまだ、こんな愛は人生には2度と起こり得ないと思ってしまう恋の病の真っ只中です。絶対に誰の声も耳に入らない、入れたくない時期ですね。

    ねずさんが天皇の権威を削ごうとする動きについて書かれています。

    天皇と権威のお話 |
    https://ameblo.jp/yamatogusa/entry-12707617685.html

    権威は、一朝一夕には成立しません。
    権威が成立するためには、一般には千年以上の歳月が必要とされます。そして世界に冠たるその権威を持っているのが、日本の天皇です。

    天皇という呼称を最初に用いたのは、第三回遣隋使で、ここに「東天皇敬白西皇帝」の語があります。
    さらに天武天皇、持統天皇の時代に、国号を倭国から日本国にあらため、天皇および日本の起源を、その時代からさらに遡ること1300年前の神武天皇と定められました。

    そして1300年。神武天皇の即位から2681年。我が国は、世界に冠たる天皇という国家最高権威を保っています。

    この歴史の重みに基づく天皇の権威は、中華皇帝といえども、あらがうことはできません。
    世界の中で、それだけの権威を日本の天皇は保持しています。だからなんとしても、権威を削ごうとするのです。

    逆に言えば、日本からその権威が失われれば、力を手にした権力者が、世界皇帝となり得ます。
    だからいま、ありとあらゆる方法を用いて、天皇の権威を貶めるための工作が展開されています。
    そういうところが、いかにも権力者なのです。
    日本の天皇は、そのような下品な意向はまったく持ち合わせていない。
    なぜなら、そのような無理をしなくても、歴史の重みが自然と日本の天皇への尊敬を世界中が持つからです。

    天皇の権威の持つ凄みは、そうした歴史伝統文化に基づくのです。
    個人の資質の問題ではない。
    ここが、権力と権威の違いです。

    私は、ご皇室内部の問題には、一切触れないし、触れるつもりもありません。
    触れてはいけないことだからです。

    江戸の昔であれば、天子様は、どこまでも「てんし様」であって、ご皇族については、そのお名前を口にすることさえもはばかられたものです。
    なぜなら権威とは、その存在そのものにあるのであって、個々の人格や能力や資質にあるものではない。
    そのようなことを口にすることさえもはばかられる。
    それが権威を支える臣民の真の姿です。

    我々日本人は、そうした日本の古くからの形と、その形が持つ意義について、もう一度しっかり学び直す必要があると思います。
    それが悪意ある世界の権力者から、日本を護る道であると思います。

    天皇あっての日本です。
    厳しいことを申し上げるようですが、その自覚こそが、自分が日本人であることへの大切な要素であると思います。

  3. 日本男児 より:

    日本愚民愚国の祝祭日の由来が、どんどん分からない状況に陥っている。それは、日本の近現代の歴史・伝統・文化等を消滅させる策謀や策略や画策する勢力が仕込んで来た結果である。更に、本来定められた日を連休にする為に後世の愚民等の勝手な思惑に拠って変える処まで行っている始末だ。11月3日も現在は「文化の日」と称して、現行のGHQ占領統治平和ボケ憲法公布の日を嘗ての明治天皇誕生日の「明治節」から置き換えたものだ。これも、戦勝国GHQ占領軍が日本国体の根幹を突き崩す為に行った敗戦後日本愚民愚国化の一環としての施策の一つだろう。見事なまでに日本愚民愚国は、戦勝国軍の思惑通りの国になった。人類史上これ程占領軍に付き従った国家は、未だ嘗てなかろうと思う。正に、米国・米軍の従属国・属国同然の国家になり下がった。殆ど何の意味もなさない祝祭日ばかり増やして、日本愚民も単に休日が増えて良かったと思う程度の愚民愚国に相応しい有様だ。敗戦後76年を経た今日、日本愚民愚国は益々愚劣化と醜悪化と腐敗化と愚民化と衆愚化を加速させている。それもこれも、日本愚国愚民の為せる業だ。この先、何処まで愚国愚民化に向かって突き進むのだろうか。末恐ろしい加速スピードだ。