全マスゴミが岸田政権に忖度してるんか?文春砲。まさかこのままで終わるとは思われへん、木原君。※追記

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 これはスゴい話やなあ、と思うて今日発売の『週刊文春』を買いに走り、読みました(岸田最側近・木原誠二副長官〈衝撃音声〉「俺がいないと妻がすぐ連行される」)。あ、このリンク先は有料なので私は音声は聞いていません。記事を読んだだけです。

 文春の発売は今日ですが、出版関係に近い人、マスコミ関係の人たちは昨日のうちに記事が入手できるようです。そしたら何と、百田尚樹さんがYouTubeライブを、3連発で発信してはりました。

衝撃ライブ!「木原誠二・官房副長官の妻が殺●事件に関与!?文春、世紀の大スクープ!か」」

衝撃ライブ!パート2「木原誠二・官房副長官の妻が殺●事件に関与!?文春、世紀の大スクープ!か」」

納得ライブ「木原誠二の奥さんが、夫が愛人と二重生活を送っているのを黙認(?)していた理由は、そこにあったのか!」

 百田尚樹さんのYouTubeライブは、いつも数十万の再生数があり、昨日公開の1本目は26万、2本目は31万。今日の3本目はまだ2時間ちょっとですが、6.5万ありますね。ひえーー。実は1、2本目は、ほとんど記事を読んではるだけです。ただ、いかにも百田さんらしい大阪弁で、まるで聞いていたかのような迫真力(笑)で、記事の会話部分を再現してくれてはります。あ、ちょこっと解説も挟んではりますね。

 百田さんは作家ですが、元はテレビの人気番組のシナリオライターですから、何がウケるかということにかけては、天才的な嗅覚を持ってはりますね。そしてその「構成」力もさすがですね。もしテレビ業界が左翼に乗っ取られてへんかったら、百田さんは引っ張りだこになると思いますね。

 きっと、自分を使わへんテレビ業界に対する意地もあるんやと思います。YouTubeではこれだけアクセスが取れるんやぞ、と。そして実際の収入も、再生数がこれだけあれば、相当なものになると思われますね。

 さて肝心の内容ですが、3本目では、この後、木原さんはどうなるんやろ、とか、文春は絶対、第二弾、第三弾があるで、みたいなことを話してはります。日本の政権を揺るがすようなものごっつい話やのに、テレビが何で取り上げへんのや、と怒ってはります。

 あ、何のことやさっぱりわからんという人のために、事実だけサラっと書いておくことにしましょう。木原官房副長官の奥さん、X子さんの、前のご主人の安田さんは、2006年4月10日の未明に、ナイフで刺され、喉元から肺に達する傷で失血死してはったそうです。

 たまたまかどうかはわかりませんが、事件直後の安田さんのお父さんが、夜中の3時過ぎに現場を訪ねて安田さんの死体を発見し、警察に通報した、と。その時安田さんの奥さんのX子さんは、隣の部屋で寝ていて気付かなかった、と。そしてその当時は「自殺」として処理された、と。

 ところがこの事件後、12年経った2018年10月に、再捜査が始まった、と。その時は既にX子さんは、木原さんの奥さんになってはったわけですね。再捜査はかなり大掛かりなものやったようです。

 ところがどういうわけか、捜査に関わる人たちが次々と担当が変わったりして、捜査態勢が縮小されて行き、今は止まったような状態になっている、ということです。

 いやあ、スゴい話です。百田さんは、これで木原さんはもう終わったな、と言うてはりました。そしたら山口敬之さんが、有料メルマガでこの文春の記事に関して記事をアップしてはりました(【政局メルマガ(85)】 「木原誠二スキャンダルを圧殺する岸田文雄と大手メディア」 「木原誠二はエマニュエル大使の日本支配のリエゾン」)。

 百田さんと同じく、この件を黙殺する大手メディアを批判してはります。一方で何と木原くんは、反撃に出て来てはりました(「マスコミ史上稀にみる深刻な人権侵害」木原誠二官房副長官が「週刊文春」記事を巡り文藝春秋社を刑事告訴へ)。最後の部分をコピペしておきましょう。

「週刊文春」編集部は「本件記事は、ご遺族、警視庁が事情聴取した重要参考人、捜査関係者などにじゅうぶん取材を尽くした上で、記事にしており、削除に応じることはできません。木原氏は、婚外子を巡る取材に虚偽の回答を小誌に寄せた後、それが明るみに出ると、取材を拒否。そして、本件記事では個別の事実確認に対して一切応じることなく、一括して『事実無根』として刑事告訴されるとのことです。政権中枢にある政治家のこうした対応に驚いております」としている。

 この発表に対して渡邉哲也さんがサラっとツイートしてはりました。

双方の本人または弁護士を呼んで、公開の討論会をやったらどうだろう。音声や資料、反証をすべて公開して、生放送でやる。絶対ビュー数や視聴率がとれる。うちの番組でやりたいなぁ、、、公平に司会しますよ。

 あはは、軽ーい感じですね。せやけど木原くんにとってはえらいこっちゃ、ですね。ぜひ百田さんの3本目も視てください。警察は、殺人事件に政治家やエラい人が関わってたら捜査はせえへん、ということになったら、日本はもう法治国家とちゃう、と言うてはりました。その通りですね。

【※追記(同日)】
 記事をアップした後、渡邉哲也さんが的確なツイートをしてはったので、コピペさせて貰います。一つ目は、木原誠二官房副長官が「週刊文春」記事を巡り文藝春秋社を刑事告訴したことに対して。

告訴しなければ脅迫罪、告訴が虚偽ならば虚偽告訴罪、告訴内容が真実ならば文春に名誉毀損罪、どちらかが刑罰の対象になる

 もう一つは、上への追記。

法務大臣が捜査の指揮権を持っており、総理はそれを指揮できる立場、官房は総理の指示で指揮命令する立場、つまり、間接的指揮権がある。自ら告発すると文書を出した以上、官房副長官の職を辞して、政府側から議員の立場にならなければ利益相反になる。

 どうも木原君、自分から詰んで行ってへんか?やな。

【文中リンク先URL】
https://bunshun.jp/denshiban/articles/b6361
https://www.youtube.com/watch?v=pk5i0Eetb3Q
https://www.youtube.com/watch?v=LbmvYRo2QJM
https://www.youtube.com/watch?v=mt5qTbUjFkI
https://foomii.com/00248/20230706085654111152
https://bunshun.jp/articles/-/64144
https://twitter.com/daitojimari/status/1676791901016719360
https://twitter.com/daitojimari/status/1676951159385497603

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コメント

  1. 本日7月7日は支那軍が日本軍に連続発砲した盧溝橋事件の日★支那事変勃発 記念日
    https://masudamatiu.exblog.jp/29624991/
    (1)7月7日は、支那軍が日本軍に連続発砲して支那事変勃発の発端となった盧溝橋事件の日です。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%A7%E6%BA%9D%E6%A9%8B%E4%BA%8B%E4%BB%B6
    (2)日本軍に限らず各国軍隊は自国民・在留邦人を守るために、条約に基づいて支那大陸に全く合法的に駐留していました。
       1899年の義和団の乱で、外国人居留民が略奪・強姦・虐殺され、それを8カ国連合軍で鎮圧した北清事変後、
       北京議定書によって、各国の軍隊が駐留し、自国民らを守る事になっていました。
    (3)支那軍は、卑劣にも、その各国軍隊の中で、日本軍のみを標的として攻撃を仕掛けて来たのです。
    (4)当時、日本軍は夜間演習中であり、「夜間用 演習弾」を持っていました。
    (5)発砲は執拗で、夜が明けてからも支那軍は、銃撃を加え続け、日本軍を追い回しました。
    (6)現地司令官らにより和約が結ばれたにも関わらず、7月29日 通州事件(日本人大量虐殺事件)が起こります。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
    (7)支那軍は上海でも攻撃を仕掛け、上海の民間人地区に支那爆撃機による爆撃が行なわれました(上海事変)。
    (8)しかも中華民国(蒋介石政権)は日本に対し宣戦布告なく、これらの攻撃を続けました。
       そのため国際法上の「戦争」とは呼べず、日本側は止むを得ず「支那事変」「日支事変」と呼称せざるを得ませんでした。
    (9)戦後の日本の教科書では1945年~1960年代まで「支那事変」「日支事変」「日華事変」と正しく記載されていました。
       1970年代、教師を中心に「支那事変を日中戦争と呼ぼう」という運動がなされ、偏向教科書では「日中戦争」と事実歪曲されてしまいました。
    (10)支那軍による「黄河決壊」や「清野作戦」など残虐な事が行なわれました。

    ※ちなみに支那事変(1937年)より43年前の日清戦争勃発も
     1894年7月25日 豊島沖において清国軍艦「済遠」が巡洋艦「吉野」に発砲しており(豊島沖海戦)、
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6
     支那事変も日清戦争も、支那側からの先制攻撃により行われた事は、重要な事です。